パターンの渦の中にいる私〜あの人の不思議も受け入れましょう

誰もがある一定のパターンの渦の中にいます。

そのイメージは例えるなら、金太郎飴の真ん中に描かれている金太郎のようなものです。

人生のどの場面を切り取っても、ある一定のパターンで何度でも繰り返し、顔をのぞかせます。

あなたは自分のパターンを見つけることができていますか?

それらを受け容れることができていますか?

その枠の外に出ることはほぼ不可能です。

個性の彩りであり骨格だからです。

(絶対と言い切らないのは、70億人も地球に人間がいれば、そうではないレアワールドもどこかにあるかもしれないからですが、基本的には「誰もが自分の小宇宙の枠内でしか生きられない」に則って99%の真理と思っていただいて良いかと思います)

その枠の中で、自分を改良し、自分のパターンを何度でも繰り返し燃焼し倒すことで、次元上昇(ステージアップ)させることができるようになります。

 カギはパターンのプロセスを加速化することです。そのためにも、自分に起きていることのプロセスを客観視できるようになりましょう。そして、その中に肯定的に飛び込むのです。

 そのパターンがネガティブに思われるものであれ、ポジティブなものならなおさら。がっちりそれを何度でも繰り返し味わい尽くして、エネルギー燃焼度を高めるのです。

 カルマの問題も、「嫌だな、これなくならないかな、終わらないかな」と背を向けていると、エネルギーの燃焼効率が下がります。ますますその問題は、あなたについて回ります。

 そうではなく、ザブーンとその海の中に飛び込むのです。そのエネルギーと一体化して溶け合い、カルマなのか、個性なのか、がわからなくなるような領域にまで、とことん昇華させ尽くすのです。

 その中で、自分のパターンの特性や色合いを深めると、レンジの幅や可能性のテリトリーを広げることができるようになります。

 じょじょにエネルギーの受け皿も大きくなります。自分のパターンの骨子の中においてという条件付きで。

 エネルギーを受け止める心の器が大きくなれば、自分を翻弄してきていると感じていたカルマも小さく感じられるようになります。

自己啓発系の世界で「意識のブロックをはずす」ということが言われますが

それが有効な方向と、有用でないばかりか逆に身の危険にもつながりかねないブロックというものがあります。

意識の枠を出る努力をすることは、自己成長に有用でも、自分の魂の枠の外にでる努力は、どれほど頑張っても難しいということです。

 その場合、意識の回し方に工夫をする必要があります。最終的にご自身の目的地にたどり着くために、世間一般の三次元的な時間の流れに即して意識を回しているので、うまくいく人もいれば、私のようにそれがかえって悪い結果しか生み出さないというタイプもいるからです。このため、私は「時間(三次元)を超越した意識のターゲットゾーン」を割り出すすべを開発した次第です。

 平たく言うと、「三次元的に成功している方たちの一般論だけでは生きられない人もいる」ということであり「その人だけの生き方とは、ときに時空間を縦横無尽に超越する柔軟性を養わなければ獲得できないこともある」ということです。

 仮に千載一遇のチャンス、時の運のいたずらによって、自分の魂とはちょっとずれた方向に進んでいるにも関わらず、それがかなったとしても、覚悟しなければなりません。魂の枠の外でダンスすることは、大気圏外に飛び出すのに等しく、心身を過剰に摩滅することになる点です。短命に終えられる方のケースにはよく見受けます。

それもふくめて私たちは自己責任のなかで人生を創っています。

 成功という言葉があるとしたら、その人の魂の形を肯定的に受け止めて最大に生きることができている時に達します。それは、あなたにしかできないオンリー1の生き方です。

 ですから、周りの人の成功モデルは参考にすることがあったとしても、その影響を受けすぎないように注意を払いましょう。

「能動的でいたいけど、受動的でいたい」などという、相反する指向性さえもマーブルにミクスチュアしーーー、自分のあらゆるパターンを愛でて活かすことができるようになる時、その人だけの絶妙なやじろべえのバランスポイント(立ち位置)が見えてきます。オンリー1の幸福と充足を手に入れることができます。

 私自身は、とてもバランスの悪いパターンの中で何年ももがきました。しかし、人生の歩みの中で、トラブルや事件が相次いで発生し、それに振り回されていた時というのは、決まって「自分のパターンを知らない」ためなのでした。

 そもそも「自分のパターン」を恐れていました。理由は簡単です。「自分がなりたい自分と自分のパターンが導こうとする方向とが180度正反対だった」からです。

 しかし古代東洋思想の知恵を紐解いた時、実はこの「自分の意識に見えている方向と、自分の本質が180度反対であるというパターン」ということも私の個性だったのです!😲

 それを知った後は、初めから自分の意識に見えている方向と180度反対の世界に正解のアタリをつけて人生を進むようになりました。

 例えば私はとかく悲観的で特に「好きな人は私のことが好きじゃない」と瞬時に認知する世界観を持っています。(これは心の問題をクリアにして、すこぶる自己肯定感の高いに人間になっても、亡霊のように湧いて出る、どうしようもない個性のタネの問題でした)

 しかし私は自分の世界観のパターンをつぶさに知る術をえましたので、対処できるようになりました。「でた!また私のパターン。正解は、180度反対よね。ということは、好きな人は私のことが好きってことだわ💗」と、やや計算的ですが、自動思考的にそのように自分の認知をひっくり返して、思い込むことができるように、習性を磨きました。

「実際は違うかもしれないじゃん?」と、疑問を抱かれるでしょうか?

 いえいえ、「実際」というやつは、その人が「本気で信じている認識」の通りになります。運がついている時と、運が落ちている時とでは、多少の差はありますが、大枠は本人の認識している通りの方向に進みます。例えどれほど時間がかかったとしても、です。

 そうすることによって、随分と人生の無駄骨や骨折り損が減りました。たとえ無駄骨や骨折り損が物事の始まりにおいて起きたとしても、動揺しなくなりました。「あ、でた、また私のパターンだね。最初の骨折り損はしょうがないよね、水に流すしかない」と、サラサラと自分に起きてくる問題について流すことができるようになりました。

 一番、ストレスが大きくなる生き方とは、どうしようもない自分のパターンのことで、いつまでも頭を抱えてクヨクヨ悔いてばかりいる状態です。

 それよりも、自分のパターンを、それがいいものだろうと、ちょっと面倒くさいものであろうと、いかに仲良く付き合って、いかに上手く活かすのかにあります。

 これと全く同じことが、大切なあの人についても、いうことができます。あなたが独自のパターンの渦の中でくるくると踊っているのと同じように、大切なあの人も不可思議なパターンの渦の中を回っています。

 あなたが自分を振り返った時、「どうして私ってこうなんだろう?」と感じているように、あの人にも大なり小なり、同じような「不思議なパターン」があります。そんな細かいことについては、なかなかお互いに口に出して共有することはなかったとしてもです。

「自分のパターンのユニークさ」を知り、そのありのままを許すことができている人は、大切な人の「パターンのユニークさ」のありのままを許すことができます。

「なんであの人は、こういう反応を返してこないのかしら?」

「どうしてあの人はああなのかしら?」

 疑問に感じるのも、異なる小宇宙の人間としてはごく自然ですが、相手には相手なりの「パターンのユニークさ」があります。

 本人も、そんな自分のパターンのユニークさをどのように手懐ければいいのか、案外、持て余して途方に暮れていることもあるかもしれません。

「一緒に、お互いのパターンのおかしさ」をダンスしあうことができるとき、私の個性は輝き、あの人の個性も伸びて、二人の豊かな関係性も磨かれて光っていきます。

自分を許し、相手を許し、自分を愛し、相手を愛する。

これこそが私たちにとって最も心豊かに潤う生き方の一つだと、私は思うのです。

そのためにもまずは、自分のパターンを知ること。客観視できるようになること。 ネガティブに感じられるものはそれを好転(反転)させる努力をすること。

同時に、相手のパターンを見抜くことができるようになること。相手のパターンを知る術を得るのもいいですね。

そして、冷静にそれを受け容れて、応援する(エネルギーを加速化する)ことができるようになること。

これを私としては主張したい次第です。

皆様とその周りの方々が、心豊かに満ちることをいつも祈っております。

今日はこの辺で。

ごきげんよう💐

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